愛と喝采の日々 ミハイル バリシニコフに出会った作品

 きっかけは映画

 

いつからって覚えてないけれど

バレエが好きで、せっせと貯金しては公演に行くようになりました。

ちゃんと教室に通ったり

レッスンを受けたりしたことはなく

ちょこっとおためし教室みたいなのにいったことがあるだけ。

 

結局この時好きにはなれず

バレエを継続的に教わることはありませんでした。

 

何が作用するのか分からないもんで

偶然見た映画が現在までバレエ鑑賞という趣味で

ずっと続いているのは自分でも驚きです。

大人になってからでもバレエ教わっておけばよかったな

と後悔しています。

 

 愛と喝采の日々

 公開前から話題作として取り上げられていて

アカデミー賞に何部門もノミネートされていた。

結局この年はウッディアレンの アニーホールが作品賞を受賞し

スターウォーズが最多7部門受賞

愛と喝采の日々は無冠に終わりました。

 

 作品は

プロのダンサーとして頂点に立ち今も現役のエマ(アン バンクロフト)

結婚を機に引退したディーディー(シャーリー マクレーン)

親友でもありライバルだった二人が20年ぶりに再会。

エマの推薦でアメリカンバレエ団にディーディーの娘エミリアレスリー ブラウン)

が入団する。

すぐに頭角を現し将来を期待される存在になるが

同じバレエ団の若者ユーリと恋愛関係になる。

 

このユーリを演じたのがミハイル バリシニコフ

 

ユーリとの関係で不安定なエミリア

バレエに集中できず、何をやってもうまくいかない。

母ディーデイーの激励も鬱陶しいだけ

しだいに自分を可愛がってくれるエマに傾倒していき

母との確執を招いてしまう。

 

エマに支えられて初公演を成功させるエミリア

そのあとエマには残酷な現実が待っていた。

エミリアの成功をお祝いするパーティー

エマとディーディーは二人で久しぶりにじっくりと話し合うが・・・・

  

 この後は本編をじっくり見た方がいいと思うので

書きませんが。

 

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随所にバレエシーンが入っていて

海賊は圧巻。

若き日のバリシニコフを堪能できます。

エミリアを演じたレスリー ブラウンも

アメリカンバレエシアターのダンサーですから

よく合ってます。

ちょこっとだけドン・キホーテが見られるし

ふたりのパドゥドゥも見られます。

 

エマが言った ダンサーの足って醜い というセリフは

当時の私には印象的でした。

 

 ミハイル バリシニコフ

 

ミハイル バリシニコフの映画初出演作にして

アメリカンバレエシアターの協力という事で

かなり見応えのあるバレエシーンが多く入っている。

それは素人目にもすぐにわかりました。

 

バレエへの思い入れはなく

単に話題の映画を見に行っただけだったけれど

バリシニコフにショックを受け、魅了されてしまった。

美しい。

 

バリシニコフは旧ソビエト連邦からの亡命者で

カナダ遠征の途中行方不明になり

後日アメリカで政治亡命を申請し

アメリカンバレエシアターに入団したという人でした。

 

1974年当時の亡命ニュースにはほとんど覚えがなくて

この映画で知り、エピソードを知ったくらい。

 

それでもこの後徐々にバレエ熱が高まっていく

原因になった人だし作品でした。

亡命前、キーロフ時代の映像が

ほとんど残っていないとは残念で仕方ない。

 

kankichi9konde.hatenablog.com

映像作品を集めるようになったのも数年前から

それまでは友人に借りていました。

かなりのコレクションでしたから

大変助かりました。

残念ながら好みのダンサーが違うので

自分で手に入れないと見られないものがある。

お給料もらう度に3枚、5枚・・・

 

はじめの頃はリージョンフリーのプレーヤーをバレエ用に準備して

北米版を買っていました。1枚1000円くらい。

今ほど値段も高くありませんでしたから

見損ねた作品やもう一回見たいと思っていた作品

結構まとめて手に入り易かった。

もっと前だと

さらに高くて入手も困難だったようです。

いい時代に生まれたもんです。

 

今シーズンアメリカンバレエシアターの公演はありませんが

イギリスのロイヤルバレエ団が来日します。

ドン・キホーテです。

バリシニコフの得意な演目で、

アメリカンバレエシアター時代に振り付けてもいます。

現状行けるかどうかははっきり分からず

チケットの用意もしていませんが

できれば行きたいと思っています。

 

 主演のシャーリー マクレーンには

愛と追憶の日々 と言う

全く違う映画があります。

邦題が似ているので気を付けてください。

 

 

ひとりぽつねんと犬神家の一族を見る

映画を見たいなと思い立ち

 

 いい季節になってきました

 

 明日の水曜はレディスディだから映画でもと思っていたけど

友人は花粉症なのでこの季節が嫌いです。

誘いの電話をかけでみると

案の定鼻をぐずぐず言わせ、くしゃみを連発し

映画どころではなさそうで・・・

 

 すっかり行く気をなくし

自宅で古い映画をみる事に

 

 出かける必要もないので夕方から

1976年の犬神家の一族を見た。

 

 昨年のクリスマスイヴにTVで放送された

犬神家に違和感があって

なんかこう・・・いけないものを見てしまったような

違うものになってるような。

1976年 犬神家の一族 

 改めて1976年 石阪浩二さんの金田一を拝見した。

何度も見てるから、事の顛末は承知の上でも見応えがある。

この時代背景、重厚感、役者さんの衣装もよくお似合いです。

 

 私はこの映画を劇場で見た世代です。

抱き合わせなしの邦画1本だけ

当時は1本だけの上映はなかったので、高い映画だなあとおもいながら

それでも満足した覚えがあります。

入った時は立ち見

原作を読んでいたので終わるころ入って我慢する。

いつ入ってもよかった

入れ替えなんかありませんでしたから

この時は極力映画は見ない。

空いた席に座ってもう一回目をちゃんと見る。

こういう人結構いました。

映画館は一日いたってOKでしたから。

 

 比べるのもなんですが

イヴのTV版、金田一耕介は加藤シゲアキさんと言う人でした

あまりよく知りませんが、設定された時代と合ってなかった。

この人のせいではないですが。

 

昭和22年の設定ですから世代の乖離というか

背景となじまない。

帽子が長すぎてバランスが悪い。

カツラが安物すぎる。小道具はケチっちゃいけません。

いきなり宿屋の主人の下駄でシャーロックホームズ。

これをやらないと名探偵の説得力に欠けるのなら

いっそこの人用に、全く違う脚本書けばよかったのに。

 

 なまじ76年版を踏襲したもんだから

逆効果になって気の毒だった。

 

 TV版犬神家は

古谷一行さんという金田一耕介の金字塔がいらっしゃいますから

石坂さんより古谷さんと比べられてしまいます。

 

 76年版をなぞっていますが

今の時代佐兵衛翁の男色の下りは描けないのか

ばっさりカット。

これがないから、野々宮大弐との関係

野々宮夫人との関係も描けず

珠世さんは初恋の人の孫になってしまい

莫大な遺産を譲る動機としては

ちょっと成立しにくいものになりました。

 

 また珠世さんは戦慄の美しさと原作にはあります。

76年版の島田陽子さんは文句なしの珠世さんでした。

東宝映画に松竹女優を引っ張り出すだけの

圧倒的な美貌と佇まい。

今見ても惚れ惚れします。

 

 イヴのTV版、きれいな人でしたが

珠世かと言うとちがう。

時代があと15年くらい遅くないと無理がある。

 

 松竹梅3姉妹もなんだかなあ

松田美由紀さんが松子やった方がよくない?

松子役の黒木瞳さんはきれいですが

どっしりとした犬神家未亡人の貫禄には

欠けるように思いました。

 

 いろいろ出てくる。

 

 どうやらTVでは戦後間もないこの時代背景を

描き辛いらしい。

2時間という尺もきびしいし

おどろおどろしい

と言うのも表現しにくそう。

 

 そう考えると過去の作品特に

76年の石坂浩二さんの金田一耕介

TV版古谷一行さんの金田一耕介

このお二人の作品は傑作です。

 

 着物姿での金田一は石坂さんからだそうですが

着慣れていらっしゃいます。

今回カットされてた佐兵衛翁と野々宮大弐の

男色の下りを調べていく過程も丁寧です。

野々宮夫人晴世との関係に至る過程も。

 

 昭和22年の時代背景もよくとらえており

犬神財閥の遺産相続、佐兵衛翁の情念、怨念

最愛の孫珠世への執着を

伏線を丹念につないでいき身の毛もよだつ連続殺人が

明かされることになります。

 

 この映画ぜひ一度ご覧になってください。

このあと古谷さんのを見て寝る事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンモスYUKA 動くかもって

少女マンモス YUKAが動くかも

 

びっくりするニュースがながれてきました。

2万8000年前の細胞が動く状態で残っていることが

近畿大学研究チームによって発表された。と言うのです。

このマンモスはYUKAだと言う事です。

 

特別展マンモスYUKA 

 

 もう6年前のこと、私はこの貴重な個体を横浜まで見に行った。

ケマンモスのメスの子供YUKAはこの時の目玉で、世界初公開のおまけつき。

年齢は6歳と言うのもあるし10歳と言う報道もあるので

定かではないけれど、少女マンモスです。

名前の由来は発見されたユカギルから

全身冷凍保存標本です。

 

 他にもマンモスの全身骨格やナウマンゾウの骨格、

メスのケサイKOLYMAコリマの標本、

ケサイの個体数はマンモスより少なかったというし

群れで生活しないため、発見するのも困難で

コリマが見つかるまでは骨格と壁画でしか確認されていなかった。

撮影はご法度。

こちらも全身冷凍標本、世界初公開 貴重すぎる展示会。

 

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ずらっと並んだ骨格標本。サイズと言い数と言い壮観

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ちょっと印象的だった標本。切ない顔がなんとも言えない。


はじめ人間ギャートルズそのまんまのマンモスハウスなんかも展示されていた。

 

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軸組を骨と牙で組んでテント部分は皮で覆う。 ・・・・臭いそうで怖い

  YUKAは永久凍土の中からほぼ完全なかたちで取り出されたそうで

体毛などもそのまま残っていた。

さらに

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脳が残っていた。

奇跡の発見と言われたのは、この脳が残っていたことが大きかったと思います。

 

ケースのなかで完全に温度管理されているYUKAは

ぞうの子供くらいの大きさだった。

あの時は小さいなと思ったけれど

(実は約3メートルの標本)

小さかったから輸送、展示も可能だったのだろう

大人のマンモスだとこうはいかなかったかもしれません。

 

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ケマンモス骨格標本  YUKAが成長したらこんな感じ。この標本がメスかはわからないけど。

ゆっくり時間をかけてみることができた。

もっと毛だらけなのかと思っていましたが

どうやらところどころうしなわれているようです。

頭骨、助骨、下あごと内蔵はなかったそうで、

体の丸みは失われており

これが小さいと感じた大きな原因。

人間に狩猟された可能性があるという。

TVのギャートルズは肉を食べているけど

なぜ体が残っていたのか本当に不思議。

 

 親マンモスは近くから出ていないから、逃げる途中ではぐれでもしたのか

もっと奥のまだ人間の手が入らない永久凍土の中にいるのか

そんなことを考えながらこの小さなマンモスを眺めていた。

 

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YUKAは撮影禁止。 代わりに出口に展示されていたYUKAモデル。鼻が動く

 

 どんな方法でこの絶滅種を動かすのか

 

 近畿大学のチームはマンモス復活に長年取り組んできたという。

今後の研究チームの発表を待ちたいと思いますが

損傷の少ない細胞が得られたら・・・

YUKAの脳細胞なら可能性はありそうです。

 

恐竜を現代に蘇らせたいと思う少年のような思いに近いのかもしれない。

現代にマンモスが歩く日が来る。

追い求めたい夢でもあり、

そっとしておいてあげたい気もするニュースだった。

 

 

東日本大震災から8年に思う

あの日のこと

 

 午後2時過ぎ昼食を食べ損ねていたいた私は

来場されていたお客さんから 仙台で大きな地震があったというのは本当ですか?

という問い合わせに驚きすぐに調べた。

震度7と表示されてはいたがまだ詳しい情報がなかった。

すぐに伝えたところ、この方は蒼白になった。

仙台の方だった。

 

 テレビのある場所に案内し、リモコンを持たせたが

思うような情報は無いようでチャンネルを変えてばかりいた。

 

 一時間ほど外出し、その間携帯で映像を見ていたが

羽田の閉鎖といったニュースも入ってくる。

ずいぶんと広範囲に影響がでているようだ。

 

 ちょうど東京から同僚が来ていた。

前日に一日一緒に仕事をし、当日はオフで

こちらの友人とゴルフをするつもりだと言っていたが、羽田が閉鎖では

帰れないだろう。

 

 悪いなと思いながら宿の手配など考えて電話したところ

まだ全く知らなかった。

かいつまんで説明し空路は無理。

陸路で帰るか、こちらで様子を見るか

早めに判断してほしい旨伝えて電話を切った。

 

 携帯で津波の映像が流れ始める。トラックが流される。

家屋が流れ互いにぶつかり壊しあう。

信じられない光景に言葉が出ない。

 

 社に帰ってあのお客さんを探すと。

力なく座り込んでいた。

何も聞けなかった。

行けるところまで行くという。

充電器を貸し満充電したところで送り出したが、

さぞや心配だろうと察してあまりある。

 

 ここでは地震の影響もなく、情報も次々入ってきたが

震源に近いところでは相当不自由しているだろう。

 

 家に戻りテレビをつける昼間とはまたちがう

闇に燃え上がる海が映しだされていた。

 

思い新たに

 

 津波を認識したのは、スマトラ地震の時だった。

日本は過去に津波被害を何度も出しているけれど

画像であり、また水が引いたあとのものがほとんどだった。

スマトラ地震で初めて動く映像、襲いかかってくる津波を見た。

あのころ、まだ他人事で、この地震は規格外だと勝手に決めつけていた。

まさかこれほどのものだとは。

 

 海外の報道は被害の大きさよりも、救われた命の多さを称賛するものが多かった。

建築基準の厳しさは絶賛モノで、あの地震で倒壊せずに立っている。

流された家もほとんど立ったままだ。

子供たちは自主的に避難をしその命を守った。すばらしい!

日本とはちがうとらえ方だった。

これは事実当たっているけれど、国内ではこの報道はやはりできないだろう。

あまりにも多くの命が失われたのだから。

 

 時間とともに少しづつ失われる記憶。

今日未明の地震は戒めのような気がした。

午後にもまた自身があった。

忘れるなとでも強く訴えるかのように。

 

 必ず起こると言われる巨大地震

かつてのような甘い認識では、自分さえ逃げおおせないだろう。

弱者に手を貸すなど、とてもできそうにない。

事が起きた時、少しでも役に立ちたいと改めて思う。

 

 

 

 

 

 

 

はじめまして

ブログを始めよう!

そう思ってから開設までは早かった。

 

そこから全く進まずもう2か月以上になってしまいました。

 

正直、何を書けばいいのか分からない。

好きなこといっぱいあります。

映画や演劇、バレエ。

凝り性だから一度気になると気が済むまで調べる。

 

書けない!

悶絶するばかり。

 

やっと気が付いたのは、何書いてもいい。

だれも読んでないんだから。

 

友人が2年ほど前にブログを始めて、ほとんどアクセスないまま閉鎖した

という話をしてくれました。

 

少し意外だったのですが、始めた時はブログで食べていく!

くらいの意気込みだったようです。

私はこのブログの存在を知らずにいたので驚きでした。

 

でも、やるもよし、やめるもよし。

順調に運営出来たら教えてね。と言ってもらい

頑張って書こうと思ったしだいです。

 

好きなこと、気になったこと

書いていこうと思います。

よろしくお願いいたします。